取材記事

全盲のDTMクリエイターが作り出す音楽には、視覚障害者の新しい道を開く可能性が秘められている

昨今の楽曲作りはDTMを抜きにして語れません。DTMとはデスクトップ・ミュージック(DeskTop Music)の略で、コンピュータを使った音楽制作や編集作業全般のこと。

視覚障害者の中にも音楽活動をしている人は大勢います。プロのかたもアマチュアのかたも。作曲もするし演奏もするし歌も歌う。いっぽうIT業界も視覚障害者の進出は目覚ましいものがあるでしょう。SEとして企業で働く人、フリーランスで活躍する人。

しかし。コンピュータで音楽制作をしている視覚障害者の話はあまり聞きません。実はそれには理由があるのですが。視覚優位の環境で孤軍奮闘する全盲のDTMクリエイター、クラウンジさんにお話を伺いました。

虜になったケーナの音色

クラウンジさんはケーナ奏者として活動するプロの音楽家です。ケーナとはペルーやボリビアといったアンデスの民俗楽器。『コンドルは飛んで行く』の演奏で使われている楽器といえばピンとくるでしょうか。

ケーナとの出会いは小学5年生のとき。音楽の教科書で紹介されていたケーナに興味を持ったクラウンジ少年に、先生は日本屈指のケーナ奏者のCDを聴かせてくれました。なんとその人物は同じ盲学校の卒業生だったのです。

ケーナの魅力に惹かれたクラウンジ少年。自分も習いたいとボリビアで10年ほど修行をしたという人を見つけ弟子入りします。その後アマチュアのアンデス音楽グループにも入ってケーナの腕を磨いていきました。ちなみにこのグループ。入った当初のクラウンジ少年は小学6年生。ほかのメンバーは全員50代、60代でした。

こうして師匠や音楽グループの先輩の指導を受け、晴れてクラウンジさんはプロのケーナ奏者になったのです。

DTMの前にそびえる高い壁

ケーナを生業にする一方で、クラウンジさんは昔から好きだったBGMやJ-POPなどの曲も作りたいと思うようになりました。作曲自体はギターやピアノでおこないます。ただそれを人に聴かせる楽曲にするには、複数の楽器を入れてレコーディングしなければなりません。

さて、どうしようか。そこで考えたのがDTMでした。もともと子どもの頃からパソコンが好きだったクラウンジさん。大抵のことはスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)でやってきました。なけなしのお金をはたいてDTMに必要な機材一式を揃えます。

ところが。日本で有名なDAWソフト(DTMの要とも言えるパソコンで音楽制作するためのソフトウェア)は全盲のクラウンジさんには扱えませんでした。スクリーンリーダーとの互換性はまったくなく完全にグラフィカルなものだったのです。

仕方なく楽器の演奏だけクラウンジさんが行い、編集作業は晴眼者の知人に助けてもらうことにしました。「この部分を切り取ってこっちの音源に差し替えて」「ここの音量を下げてこっちを少し上げて」。さまざまな楽器を使った多重録音のため細かい編集が必要になります。

サポートしてくれた知人には感謝しつつも、ニュアンスが伝わりづらいことから、やっぱり自分でやりたいという気持ちが強くなってきました。

世界には視覚障害のDTMクリエイターがいる

視覚障害者に対するwebアクセシビリティは進んでいます。ただ日本のDTM界隈にはその考えがまだありません。誤解がないように補足しておくと、意図的に排除してるのではなく、そこに視覚障害者がいないため存在に気付いてないのが真相です。

しかし世界は広い。クラウンジさんは視覚障害者でも使えるDAWソフトを見つけました。REAPER、海外ではメジャーなDAWで、原則無料にもかかわらずプロのエンジニアやクリエイターも使っています。

標準では日本語化されていないため日本での利用者数は多くないようですが、REAPERならスクリーンリーダーでほとんどのことができるのです。どういう経緯かはわかりません。ただREAPERは完全にスクリーンリーダーを意識して開発されています。クラウンジさんもよく訪れる、世界中のDTMをやっている視覚障害者が集まる掲示板。そこではREAPERの開発者と、スクリーンリーダーに対応させるスクリプト(プログラムの一種)の作成者が互いに情報共有しあっているのです。

まだ見ぬ仲間のために先頭を走る

REAPERによってスクリーンリーダーの問題は解決されました。だからと言って誰でもすぐに作曲できるというものではありません。ケーナのほかにギター、ウクレレ、チャランゴ、クアトロ、サンポーニャ、尺八、ベース…etcとさまざまな楽器を演奏するクラウンジさんですら相当苦労しました。

そのぐらいDTMは難易度が高いのです。が、それでもクラウンジさんは視覚障害者の参入を望んでいます。テクノロジーを使いこなせれば見える人と対等に勝負ができる。自分だけの手ですべての音楽を作り上げることができる。そこには夢が広がっています。将来グラミー賞に視覚障害のDTMクリエイターが選ばれるような日がくるかもしれません。そう考えるとクラウンジさんは日本で自分の周りに仲間がいない現状に少し寂しさを感じます。だからこそあとに続く人のために道を作りたいとも思っています。

現在YouTubeなどの動画用BGMを投稿サイトに公開しているクラウンジさん。タレントのソニンさん、保護ネコむーくんの「うにむぎはちちゃんねる」さん、福本児童舎さんなど、有名YouTubeチャンネルでも使われています。

実は当サイトの「やさしい手料理の聞いて覚えるお料理教室」のBGMもクラウンジさん作曲によるものなんです。投稿サイトにはいろんな動画に合うフリーの楽曲をアップされているのでぜひ聴いてみてください。もちろんオリジナル曲の制作を依頼することもできます。

そんなクラウンジさんの夢。それは少しでも自分の曲を知ってもらってメジャー楽曲を提供できるようになること。いつかクラウンジさんの作った曲で歌って踊るアイドルが登場したら、この道はもっと大きなものになるでしょう。

クラウンジさんの楽曲がダウンロードできる投稿サイト
フリーBGM DOVA-SYNDROME