取材記事

紙と箱の老舗企業が視覚障害者の情報保障ビジネスを始める理由

質問です。ケーキを買って家に帰ったときの楽しみはなんですか? 「そんなの美味しいケーキを食べることに決まってるじゃないか」と思われた方。

本当にそれだけでいいですか? 持ち帰り用のケーキの箱。実はいろんな工夫が凝らされて楽しめるんです。中身だけしか興味がない!なんて言わないで、箱も取っておくとコレクションになるかもしれませんよ。

3本の柱と人に優しい新たな挑戦

唐突に視覚障害と無関係の話題で失礼しました。ただまったく無関係というわけではありません。どういうことなのか、最後までお付き合いください。

大阪市天王寺区に103年の歴史を誇る、包装・パッケージの老舗メーカーがあります。現在の社長である大原仁志さんの母方の稼業が、東大紙器(とうだいしき)株式会社の始まりでした。

事業の主力は3本の柱。

1つ目が食品部門。冒頭で記載したケーキなどの箱です。2つ目は文具部門。例えば、誰もが1度は使ったであろうサクラクレパスの箱。そして3つ目が壁紙や床材・カーペットなどのサンプル帳。

技術力もあり盤石の経営に見えますが、大原さんは「新しいことに挑戦していかないと生き残れない」と言います。その新しい取り組みこそ、箱や紙のプロが作り出す人に優しい事業の種です。
(可愛らしいパッケージが並ぶ東大紙器ショールーム)

介護職員さんも利用者さんも喜ぶ楽しいキット

最初にご紹介するのは、介護施設のおじいちゃんおばあちゃん用の脳トレキット。日ごろお世話になっている人に感謝の気持ちを贈ることができるグッズです。

大原さんが介護施設で働く知人から聞いた話がヒントになりました。その施設ではリクリエーションに使うものはすべて職員さんの手作り。公園の松ぼっくりや折り紙を利用して作っています。

入浴や食事のお世話などただでさえ山のような仕事がある介護の現場。職員さんの手間を省き、なおかつ利用者さんに喜ばれるものを作れないかと考えました。

・箱というのは、平面のものを折って差し込んで形にしていく
・この箱を組み立てる作業をリクリエーションにしよう
・余白に飾りをつけ色を塗り絵や文字を書いていくのもよさそう
・手を使うからきっと脳にもいいはず
・作業をしながら「誰に渡そうか、中に何を入れようか」と考えるのも楽しみになるだろう

こうして生まれた脳トレキット。試しに使ってもらうと、大好評。箱が、ただ物を入れるだけのものでなく、コミュニケーションのきっかけに生まれ変わったのです。

商品として販売するにあたり、介護施設や利用者さんにお金を出してもらうのは心苦しいと考えた大原さん。協賛企業を募り、箱に社名を入れることでその企業の販促ツールやノベルティとして使っていただくことを考案。大原さんのアイデアと優しさが見て取れる仕事のやり方です。

間近で見ていた母の視覚障害者支援

大原さんが、困っている人のために何かしたくなるのは母親譲りの性格かもしれません。東大紙器の取締役で大原さんのお母様である大原みち代さんは、以前点訳ボランティアをしていました。タイプライターを打つみち代さんの姿や、みち代さんに連れられて視覚障害者の人たちと一緒に旅行に出かけた幼い頃の記憶が大原さんにはあります。

みち代さんは昔さわる絵本の製作も手伝っていました。そのため視覚に障害のあるお母さんが子どものために絵本を読んであげたいと願う気持ちだったり、それができないことをどんなに悲しんでいるかを大変よくご存知です。「視覚障害の方は情報が閉ざされがちですよね?」と今でも気にされていました。

大原さんは子どもの頃、母の傍で何かを感じ取っていたのでしょう。頭の中にずっと残っていた、視覚障害者に情報を届ける活動。もうひとつの挑戦として、今まさに動き始めたのです。

音声コードをもっと身近に、あらゆるものに

もともと大原さんの義理の兄が手掛けていた仕事の手伝いから、最終的に東大紙器ですべて行うことになったもの。それが音声コードによる視覚障害者の情報保障です。

音声コードとは文字情報の入った二次元コード。QRコードに似た形状で、スマホアプリでも読み取れるuni-voiceと、専用の読み取り装置を使用するSPコードがあります。いずれも紙媒体に埋め込んで、紙面の情報を音声でも得られるようになってます。各自治体が配布するさまざまなパンフレットなどにも少しづつ採用されているため、視覚障害者の間では認知度があがっているかもしれませんね。

実はこの音声コード付き冊子を作る上で大変難しい作業があるのですが。いったいなんだかわかりますか?

それはコードの位置に合わせて、紙の縁に半円形の切り込みを開けること。視覚障害者が音声コードの位置を触ってわかるようにするためのものです。特に厚みのあるものは、なかなかできる会社がありません。

ここで東大紙器の強みが発揮されます。まず紙のプロならではの半円形の加工技術。さらにサンプル帳に付ける価格表やカタログ製作で培った本を作るノウハウ。そして、大原さんの視覚障害者に情報を届けたいという思い。

3つの強みがワンストップによる音声コード付き冊子や本の製作を可能にします。今はまだ行政案件が中心ですが、大原さんはこの強みを生かしてもっといろんなものに音声コードを広げていきたい考えです。どんな紙媒体も音声で聞ける時代にしてくれるかもしれません。

驚きの仕掛けでパーティーを盛り上げよう

2つの事例でお分かりの通り、人に優しい挑戦を続ける東大紙器。最後は、ちょっと楽しい工夫が凝らされたケーキの箱をご紹介。

なんとQRコードコードが付いていてスマホで読み取るとyoutubeに飛んで音楽が流れるのです。誕生日にデコレーションケーキを買ってきたら箱の上に乗せてQRコードを読み取りましょう。Happy Birthdayが流れて盛り上がること間違いなし。

もちろん東大紙器だけのオリジナルなので、QRコード付きの箱かどうか洋菓子店さんで確認するのをお忘れなく。