取材記事

見えてるけど見えてない、わかりづらい視覚障害者の私と盲導犬オリの新生活

多様性を認めよう。その主張に真正面から反対する人はなかなかいないでしょう。それでも自分の常識に当てはまらないものに違和感を抱く人は多いようです。

ロービジョンあるあるの代表格、白杖を持ってスマホを見ていると怪しがられるという話。視覚障害者に対する間違った思い込みですが、世間ではまだまだ白杖イコール全盲の人という認識。すなわち白杖を持ってるのにスマホを見てるなんておかしい、となるようです。

白杖よりもさらに正しい理解を得にくいかもしれない盲導犬。視力の残っている人が持つとどうなるのでしょう。網膜色素変性症で障害等級2級の大畑夢子さんにお話をうかがいました。

オリが教えてくれたこと

大畑さんが盲導犬デビューしたのは2020年2月の終わり。まだピカピカの1年生です。今の見え方は中心部分のごく狭い範囲だけ。ただ比較的視力が残っているため盲導犬を持つまでは白杖もあまり使用していませんでした。盲導犬を持ちたい、と思った動機は早く歩きたかったから。

周辺視野の欠損が進むと足元や周囲の人の動きを確認しづらくなり、どうしても歩くのが遅くなります。そんなとき見かけたのが盲導犬ユーザーでした。真っすぐ前を向き速いスピードで颯爽と歩くその姿は大畑さんにとって憧れの存在になったのです。

月日は流れ、大畑さん自身も念願の盲導犬ユーザーに。相棒は黒いゴールデンレトリーバーで3歳オスのオリンピアくん、通称オリです。オリと歩くようになってどのような変化があったのでしょうか。

「移動がとても楽になりました。見える部分を最大に活かしてくれるというか。私は中心視力が残ってるのでいろいろ見ながら歩きたかったんです。でもこれまでは歩くことに全神経を集中していたような感じで。それが今はオリに指示をするとその通りに進んでくれるから、リラックスして景色を見ながら歩けたり、ぶつからずに早く歩くけるようになりました。つい最近オリを置いて体ひとつで歩いたら怖くて。こんなにも視線を動かしてたくさんの情報を得ようとしてたんだと気付きました。」

ときには、見えてるのになんで盲導犬を持つの?と言われることもあります。でも大畑さんは、徐々に見えづらくなる中で、どうにかしてそれまでの生活の質を維持したり、今よりも見えてた頃の状態に近づきたいのです。そのために視力が残っている人が盲導犬を持つのはあっていい選択肢だと思っています。

見えてないと思ったら大間違い

現在オリと一緒に職業能力開発校に通っている大畑さん。毎日電車で通学しています。オリのおかげで快適に移動していますがたまには面倒なことも。盲導犬ユーザーになったことで人間の嫌な部分が見えてきました。ただ大畑さん自身は「見えてるけど見えてない私にしか知り得なかったこと」と面白がっています。

たとえば混雑した電車に乗ろうとするとき。犬が乗るスペースを空けてくれないことがあります。乗客は大畑さんを全盲だと思っていて、もうこれ以上乗れないよ、と言わんばかりに頑として動いてくれません。でも詰めてくれれば十分乗れる余裕はあるのです。それが見えてるので大畑さんは丁重にお詫びしつつ強引に突入します。

また車内で顔を凝視してくる人が意外に多いことに驚きました。これも全盲だと思い込んでる故の行動ですが、見えてない人の顔なら興味本位でじっと見てもいいと思ってるのでしょうか。こんなときも大畑さんはうろたえません。黙って睨み返します。すると相手は大抵驚いてすぐに目を逸らすのだそうです。

さすが3人のお子さんを育てたパワフルママ。当然オリを連れていてもスマホを使用します。不審がられませんか?と一応尋ねてみましたが、やはり「不審がられようが何しようが、これが私の障害であり現状であり生活」と意に介さない様子でした。

自分の見え方を知って欲しい

多様性という点では、大畑さんのように周りからわかりづらい見え方の人が盲導犬を持つことの意味は大きいでしょう。しかしただそれだけでは何も変わりません。理解してもらうには自分から行動することが大事です。

幸いオリと一緒にいると「触ってもいい?」などと声をかけてくれる人が増えました。「ごめんなさい。ダメなんです。」と返しながら、大畑さんはここぞとばかりに見え方の話題に持ち込みます。「見えてると思うでしょ?」「でも見えてないんです。」「真ん中だけ。ここらへんは全然見えてません。」短時間でコミュニケーションを成立させるのは得意な方です。

特に地域の人たちに自分の見え方を知ってもらいたい気持ちは今まで以上に強くなりました。大畑さんの場合は、オリと一緒に、白杖をついて、何も持たずに体ひとつで、と3通りの方法で外出可能です。と言っても気分次第で好きな歩き方をするわけではありません。ほとんど体ひとつでということはなくなり、オリと一緒だと行きづらいような場所へ出かけるときは、以前はあまり使わなかった白杖を使うようになりました。自分のことを視覚障害者だと知ってもらうために。そしてあらぬ誤解で地域の人を混乱させないために。

これまで大畑さんは白杖を持っても下を向いて杖の先を目で見ながら歩いてました。それもあってどうせ目に頼るなら持たなくていいかなと思ってました。でも今後はきちんと歩行訓練を受けて正しい白杖の使い方を習得したいと考えています。これもオリのおかげです。

大好きなオリの幸せを願って

出会って数ヶ月のオリは大畑さんにいろんなことを教えてくれています。大切なパートナーでありとても頼りになる存在です。そんなオリに何か一言とお願いしたところ「幸せな余生を過ごしてください」との答えが返ってきました。

3歳のオリに余生はまだ遠い先だと思いましたが。盲導犬は体力があるうちに引退して別の家庭で過ごします。考えたくはないけれど必ず別れが来てしまう。人生(犬生?)の半分は私に費やしてくれるから、残りは良い人に引き取ってもらいたい。そんなことを思いつつ大畑さんは、毎日オリに「ありがとう。大好きやで。」と声をかけています。