テクノロジー

マリスcreative designの視覚障害者・歩行アシスト機器が完成した未来は世界も変わるはず

株式会社マリスの視覚障害者用歩行アシスト機器イメージ図

「福祉機器の世界を変えたい」
株式会社マリス creative design代表取締役・和田康宏さんの思いです。エンジニアであり起業家でもある和田さんは、福祉機器分野を大きな産業にしたいと考えています。そのためにはまず自分が成功すること。そして福祉機器で稼げるモデルになることが重要だと言います。

福祉機器分野で稼ぐ。直接的なこの言葉はやや誤解を招くかもしれません。しかし和田さんのこれまでの歩みやこれからやろうとしていることを知るとネガティブな捉え方は間違いだと気付くでしょう。障害者の生活を豊かにしたい。その一心で知識や経験を積み重ねてきました。

そして今まさに福祉機器分野での成功を目指し、視覚障害者用歩行アシスト機器の開発に心血を注いでいます。

母の存在と恩師の教え

和田さんの原点。それは九州工業大学の機能代行研究室。脊髄損傷の障害を持つお母さまと暮らしてきた和田さんにとって、福祉機器の研究はずっとやりたかったことでした。恩師との出会いも運命を感じさせます。和田さんが大学院に進学する同じ年に同じ姓の和田親宗先生が北海道大学から移ってこられたのです。和田先生の研究室は日本では珍しい福祉機器に特化したところでした。

ここで学んだのは「まず第一に利用者のことを考える」でした。ともすると理系の人たちは技術から入りがちです。いまはこの技術が流行ってるからこれを使って何かできないか、というふうに。これは学生に限ったことではありません。企業も同じです。健常者向けの技術を福祉機器に転用できないか、と考えてしまうことがあります。もちろんそうして生まれた製品にも良いものはあるでしょう。ただ多くの場合、ある側面では便利だけれど全体として使いづらいといった問題が生じ、結果当事者に受け入れてもらえないものになります。

「最初に考えるべきは技術ではなく、どういう困ってる人がいてどのような福祉機器が必要なのかということ。そこから解決に適した技術を選ぶのが大切で、その技術はハイテクでもローテクでもかまわない。」当時先生から叩き込まれた教えです。

刃を研ぎ続けたメーカー勤務時代

大学院で学んだあと和田さんは研究室に残る道を先生に勧められました。しかし企業に入ることを決めます。どうしても世の中に製品を送り出したかったのです。

そして日立・ソニーと名だたる電機メーカーを渡り歩き実力をつけていきました。特にソニーでは、製品を一から立ち上げ量産までもっていく技術を身につけました。昨今の大手企業ではどこも仕事の細分化が進んでいます。すなわち全体を見れる技術者は稀有な存在で、ひとりでそれをできる人はほとんどいません。和田さんは自ら新規システムを提案し製品化までやり遂げた経験から、福祉機器の分野でも自分の腕一本でやっていけると確信したのです。

機は熟しました。2018年6月、ついにマリス creative designの誕生です。

当事者の意見から見えてきたこと

念願だった福祉機器開発の会社を立ち上げた和田さん。視覚障害者を対象にしようと決めたのは、大学院で視覚障害者に携わる研究をしていたから。そしてほかの重度障害者の支援機器よりは短い開発期間でできるからでした。その中でも移動支援に狙いを定めたのは、当事者や支援者の切実な願いによるものでした。

自由に外を歩きたい、災害時に避難できるようなりたい、そして何よりも駅のホームからの転落を防ぎたい。視覚障害者の困りごととして昔からある声が依然として根強かったのです。

「当事者のことを第一に考える」、独立してからもそのスタンスは変わりません。メガネ型の装置にセンサーを付けて障害物や危険な状況を検知するという構想の中、和田さんが特に重要視した当事者の意見が以下の内容。

①ゴテゴテしたものは付けたくない

機能性がすぐれていれば重くても見た目が奇抜でもいいだろう、という考えは捨てる

②持ち物(装着するもの)はひとつにして欲しい

いろんな装置を手に持ったり体に付けることなく、すべてをひとつの装置に集約する

しっかりと受け止めた和田さんはカッコいいデザインで、且つメガネひとつで完結する仕様にこだわって奮闘しています。

白杖は必須。障害物などを検知した際、白杖から振動で知らせるようにして、安全が確保されたのち音声で誘導することを検討中。 

障害者も開発者も幸せになるために

今後について。和田さんは2022年の量産発売を目指しています。その先にはお母さまを含めた脊髄損傷者のための移動支援機器開発。ほかにも大勢の困っている障害者を助ける開発。やりたいことは尽きないと言います。

だからこそ稼げるビジネスモデルを構築しなければなりません。ボランティア精神は大事です。しかし開発者が自分を犠牲にした上に成り立つ福祉機器であってはいけないのです。

和田さんが当事者へのヒアリングでよく耳にする言葉があります。「これまでにも福祉機器開発の意見を求められてきた。でもほとんどがその後どうなったのかわからない。みんな一度聞きにきてそれっきり。」前述したとおり技術ありきで考えていたのか、もしくは製品開発全体を見通せず後になって採算が取れないと判明したのか。

いずれにしても福祉機器を完成させ事業として継続していくのは簡単なことではないのでしょう。ですが和田さんにはそれができる力があります。

福祉機器の世界を変えたいと願う和田さんが最後にもうひとつ語ってくれたこと。「世間の認知も変えたいんです。勘違いしている人が多いが福祉機器は介護機器ではありません。障害者自身の力でより良い生活を送れるようサポートをするものなんです。」