取材記事

ゴールボールに見る障害者スポーツの実態とシーズアスリートが挑む課題解決

オリンピックに出るほどの選手でも、メジャーな競技でなければ資金面での苦労が絶えないと聞きます。ましてや障害者スポーツの選手となるとなおさらでしょう。

2004年アテネのパラリンピックでチームを銅メダルに導いたゴールボール女子の小宮正江選手。彼女もそうした悩みを抱えていました。デイサービスでマッサージの仕事をした後、夜6時ぐらいからがようやく練習の時間。もっと上を目指すため練習時間を増やしたいと思っても、生活のためにはフルタイムで働かざるを得ません。加えて合宿や遠征の費用もかかる上に、そこに参加するのも有給休暇の範囲内です。

スポーツ選手としてサポートしてくれる企業を探すしかない。そう考えた小宮選手が人材ビジネス会社、(株)アソウ・ヒューマニーセンターを訪れたのが、障害者アスリートの雇用を変えるきっかけとなりました。

新たな発想で障害者スポーツ選手を雇用

小宮選手は競技と仕事の両立を図るため、理解ある企業を紹介して欲しいとアソウ・ヒューマニーセンターに相談しました。するとその話を聞いた会社の代表は、だったら我々の手で支えようと、新しく組織を設立してしまったのです。それが障害者スポーツ選手雇用センター・シーズアスリート。はたしてどんな組織なのでしょうか。リーダーの工藤力也さんに教えていただきました。

シーズアスリートに所属する選手は2020年5月現在で11名。人材ビジネス会社の一部署という位置づけです。特徴的なのはこれまでのアマチュアスポーツにおける選手と企業の関係とは違っていて、12名の選手全員をアソウ・ヒューマニーセンターが雇用しているのではないこと。

一社で多数の選手を抱えようとすると必然的に企業側の負担が大きくなります。景気の波に左右され雇用や就労環境が不安定になりかねません。そのためシーズアスリートでは、活動に賛同してくれる企業ならびに個人の方に会員として支援してもらうシステムをつくり、一部の選手は特別法人会員企業に雇用、シーズアスリートに出向する形態をとっています。

企業としても、世界で戦う障害者アスリートを雇用するのは社会的意義があります。また法定雇用率遵守のため障害者を雇用したいとも考えています。ただ雇用したいと思っても、職場のバリアフリー対応や業務の切り出しに悩んでいる企業が多いのも事実。そこで雇用と仕事のマネージメントを別々の会社が分担し、両者で選手を支援することにしたのがシーズアスリートの解決法です。

雇用環境改善から認知度アップへ

シーズアスリートのようなモデルが増えるのは障害者スポーツにとって明るい未来です。しかしもっと根本的な話として、世間の関心はどうでしょうか。例えばパラリンピック。残念ながらオリンピックに比べると認知度が低い印象は否めません。

シーズアスリートのリーダーであり、日本ゴールボール協会男子のコーチでもある工藤さんにそのあたりのことをお尋ねしたところ、そもそも障害者スポーツを見る機会がないのが大きな原因ではないか、との回答でした。

野球にしろサッカーにしろメディアで見る機会が多く、興味のない方も自然と目にします。もちろん人気が高いから中継されるとも言えるわけですが、まずは見る機会がなければ知ることもできません。東京五輪開催が決まってからようやく障害者スポーツも取り上げられる機会が増えてきましたが、それでも十分とは言えないでしょう。面白いかどうかを判断する材料すら提供できていないのです。

また一方で、スポーツである以上、勝たなくては注目もされません。ゴールボールで言えば、女子は2012年ロンドンパラリンピックで金メダルを獲得するなど世界ランクも上位ですが、男子は約70ヵ国中11位~12位あたり。工藤さんも、まだ相当頑張らないと、と自戒の念を込めて言います。

そして結果を残すためには選手の雇用環境の改善が必須です。冒頭の小宮選手のエピソードでもわかるとおり、選手個人の力で練習時間とお金のバランスを取るのは非常に困難です。国からの助成金や強化費、それに競技時間を確保できる仕事と収入。これらが整ってはじめて結果に結びつき、メディアで取り上げられ、一般の方に知られ、面白いと思ってもらえる。この好循環を生むためにシーズアスリートが担う役割は大きいでしょう。

Stay Homeが終わったら会場へ!

ここまで何度も登場しているゴールボール。せっかくなので障害者スポーツに興味のなかった方もちょっと知ってみてください。

詳しいルールは日本ゴールボール協会のHPなどで見ることができますが、大雑把に言うと、ハンドボールのように相手ゴールにボールを投げ入れて得点を争う競技です。ただ、視覚障害者の代表的なスポーツですので、音が鳴るボールを使用します。それと見え方に差がでないようプレイヤーは全員アイシェードと呼ばれるゴーグルをして戦います。今は動画も結構あがっていますので、ご覧いただけると面白さがわかるでしょう。

2015年まで現役選手として活躍されていた工藤さんが語るゴールボールの魅力。それは全盲の人も弱視の人も同じルールで平等に戦えるところ。またブラインドスポーツ全般に言えることとして、失くしていた自信を取り戻せるというのを挙げてくれました。諦めることが多くなった人生に、できる喜びを与えてくれる。確かに自信になりそうです。

なお大会によっては視覚障害者も楽しく観戦できるよう、骨伝導イヤホンで音声ガイドが聞けたりもします。

さて東京オリンピックパラリンピック。2021年に延期となりましたが、現状ではそれすら開催されるかどうかわかりません。それでもシーズアスリートの選手は、今できる最善を尽くそうと、自宅でトレーニングをしたり公園を走ったりしています。ご紹介したゴールボール以外にもたくさんの競技で活躍する選手がいます。もしその雄姿を見られる機会があればぜひ熱い声援をお送りください。

※【写真提供:シーズアスリート】