連載

なみの全盲ありのままライフ:一つだけ、願いがかなうなら

今目の前に神様が現れたとします。神様が言うんです。「1つだけ願いをかなえてあげましょう」って。あなたならどんなお願いをするでしょうか。

私だったら、そうだなあ…。かなえてくれる願いの数を増やしてほしい、というお願いを……
ってそういうのは絶対却下されますね。神様が気を悪くして帰っちゃうかも。
まじめに考えよう。

私の願いは、やっぱりこれしかないかもしれない。「全盲やめたい」。

ということで今回は、「一つだけ願いがかなうなら」というお話です。

全盲やめたいと思うとき

生まれたとき、私はすでに全盲という装飾品を身に着けていました。もう長い付き合いになるけど、この装飾品にはいつも悩まされてばかり。こんなものとはもうさよならする、というのが私の願いです。

私が全盲やめたいと思うとき。それは、ふと切なさを感じたとき。
普段はのほほーんと楽しく生きているのですが、時々やってくるんです、切なさの波が。できないことが多くて、わからないことも多くて。見えていたらこんな仕事ができたのかなあ、こんな趣味があったのかなあ、などと考えてしまいます。

私が全盲やめたいと思うとき。それは、誤解されていると感じたとき。
何もできないと思われがちなんですよね。確かにできないことはいろいろあるけど、できることだってたくさんあるのに。大人になっても子どもみたいに扱われて悲しくなることがあります。

私が全盲やめたいと思うとき。それは移動に困ったとき。
行きたいところに行くというだけで苦労したりします。すぐ迷子になります。自分の家のすぐ近くで迷子になることもよくあります。(私が方向音痴すぎるからかもしれませんが)

私が全盲やめたいと思うとき。それは、全盲ならではの失敗をしてしまったとき。
忘れもしない、あの日。私は人の集まる場所にいました。隣には姉が立っています。
歩き出そうとした私は、姉にサポートしてもらおうと手をとりました。姉はなぜか戸惑う様子を見せたけれど、構わず強引に。すると、何か変な空気が流れたんです。どうしたのかなと思ったら、それは姉ではなく、全然知らない人だった…。相当気まずい。恥ずかしい。私完全に不審者じゃないですか。

またこんなこともありました。おやつにゼリーを食べようと、ご機嫌で冷蔵庫から取り出した私。蓋を開けたところ、何か様子がおかしいんです。
中身を確認してびっくり。それはゼリーではなく、納豆だった…。

もうこんなのは嫌なんです、神様。
神様がこんな願いを聞いてくれて、全盲とは無縁の生活ができるようになったとしたら、きっと幸せな生活が実現できるはずなんです。そう、今よりも幸せな生活が…。

願いがかなったとしたら

と、ここまで考えてみたところで、私は疑問に思いました。願いがかなったら、本当に今よりも幸せなんだろうか、って。確かに仕事や趣味の選択肢は広がるかもしれない。不便なところもなくなるかもしれない。でもだからといって、この厄介な装飾品を手放すなんて。そんなことしたらちょっとつまらないんじゃないか、という気もするんですよね。不思議なもので。

全盲という装飾品は、あるよりないほうがいいはず。でもあったらあったで面白いというのも事実です。目的地に一人でたどり着けたとき、それだけのことで思いきり感動できたりする。迷子になったとき、見知らぬ人のたくさんの優しさに触れて温かい気持ちになれる。同じ全盲の方と話すとき、初対面でも全盲トークと共通の知り合いトークでたいていすぐに盛り上がれる。これは全盲だからこその喜びだと思います。

もしかしたら、「全盲やめたい」などとお願いするよりも、「せっかくだからこの装飾品をうまく使い倒してやろう」と考えたほうが人生楽しめるかも!

というわけで、願い事、変更します。ゼリーと納豆を間違えたりしたとき、「これだから全盲は嫌だ」と憤るのではなく、「話のネタが一つ増えた!ラッキー!」とガッツポーズできるような人になりたい。

ライター:なみ