取材記事

視覚障害者のための料理教室「やさしい手料理キッチン」は名前のとおり優しさ満載

料理を通じてみんなと楽しい時間を共有できる。そんなアットホームで居心地の良い料理教室が今回の主役。

見えにくいから料理が苦手という人も、見えなくなってから料理をしなくなったという人も。あるいは料理は好きだけど盛り付けがうまくできないとか、新しいレパートリーをなかなか増やせないという人も。視覚障害者の方ならどなたでも参加できるのが、千葉市内でおおよそ月に1度開催している「やさしい手料理キッチン」です。
猫のイラストが描かれた「やさしい手料理キッチン」のロゴマーク

昨今の情勢により4月は開催中止となってしまいましたが、頑張れば千葉市内まで行けるよ、という方は再開したときにぜひ参加してみてください。(※参加人数に上限があるため、既に予約で埋まっていることもあります)

悩める笑顔の明るい先生

やさしい手料理キッチンの先生はふたりの女性。今回は発起人とも言うべき武野桂さんにお話を伺いました。

犬と料理が好きな武野さんが最初に就職したのは盲導犬訓練センター。職場結婚を機に退職し、その後クッキングスクールの講師へと転身。11年勤務しました。旦那さんが初めて送り出した盲導犬のユーザーさんと親しくしていることもあり、料理講師の経験を生かして視覚障害者の役に立ちたいと考えていました。

あるとき武野さんの思いを知る友人が自宅を提供してくれることに。念願叶って2018年7月、記念すべき第1回目のやさしい手料理キッチンを開催するに至りました。(※その後、会場は市の施設に変更)

現在武野さんは別の本業の傍ら、土日にガイドヘルパーもしつつ、やさしい手料理キッチンを運営する多忙ぶり。もちろん共同代表である門馬志帆さんの力が大きいのは言うまでもありません。門馬さんはクッキングスクールの先輩で、先生の先生的な立場でありながら、やさしい手料理キッチンでは裏方に回って支えてくれています。

始めてからずっと試行錯誤の連続でした。武野さんの口からも迷いを窺わせる言葉が次々と出てきます。でも暗い雰囲気はありません。むしろ底抜けに明るく、どうすれば生徒さんに喜んでもらえるか、楽しみながら頭を悩ませています。

初心者さんも気兼ねなくどうぞ

全国には他にも視覚障害者を対象とした料理教室はあるでしょう。それぞれで方針が違うのは当然のこと。やさしい手料理キッチンの場合は、参加してくれた方にすべての工程をやってもらい、レッスンで作った料理は家でも再現できるのを理想としています。

なので時間はたっぷり取ります。だいたいの流れは、

●11時頃スタート、軽く自己紹介
●レシピの紹介と今日の注意ポイントの説明
●切る作業
●加熱、調理作業(同時に洗い物や片付けも)
●盛り付け作業
●みんなでわいわい試食タイム
●今日の復習と次回のお知らせ
●15時ごろにふわっと解散

定員は原則4名なので、サポート体制は万全。しかも視覚障害という共通点があるせいか、初めての人同士でも助け合ってワンチームで進められています。
やさしい手料理キッチン・レッスン風景

大手料理教室と違って、今のところ経験によるクラス分けはありません。(これも今後の検討課題。)行ってみたいけど初心者だから不安、と思ってる方。心配はご不要です。以前ほぼ料理経験のない若い女性が来られたときも武野さんは大歓迎でした。頑張って料理の楽しさを伝えようと、より一層気合いが入る性格です。

失敗から学ぶチャレンジ精神

手探り状態からいろいろ経験し生徒さんの意見も取り入れて改善を重ねている「やさしい手料理キッチン」。

まずは道具。始めるにあたって、ひと通り必要なものを買い揃えました。視覚障害者用の便利グッズでも、実際に使ってみるとイマイチなのもありました。高かったのに!とややご立腹の武野さんですが、ふだんから意識して視覚障害者に使いやすそうなキッチン用品を見て回っています。

次にメニュー。最初は捏ねたり巻いたり包んだり、触って作るものを中心に考えていました。カレーのナン、太巻き、水餃子。それに出汁の取り方とか、家庭では作らない手の込んだものもやってみました。やや気合いが空回りし過ぎた感もあり、手軽に作れる家庭料理へと軌道修正しましたが、旬のモノや季節のイベントに合わせたメニューも取り入れたいし、やっぱり料理教室ならではのものも話のネタにはいいんじゃないか、とチャレンジ精神を失いません。

最後に調理。武野さんはレッスン用のメニューを自宅でアイマスクをして作ります。長年の経験から体に染みついているのでしょう。わりとスムーズにできるのですが、いざ生徒さんにやってもらうと想定外が頻発。みじん切りは多くの方が大苦戦。かぼちゃの面取りもどんどん小さくなってしまう。調理しながらの片づけや軽量も、思ってたより時間がかかる。ただ、勉強になることばかりと前向きです。反省を生かし、時間配分や説明の仕方を工夫しています。

30年プランで細く長く

会費は1回のレッスンでおひとり様1,000円。当日の食材費や初期費用を考えるととても儲けが出る状態ではありません。でもずっと続けていきたいと語る武野さん。生徒さんの「美味しかった」「楽しかった」の言葉が何よりも嬉しいのです。参加した主婦の方からのショートメッセージにも感激しました。習った水餃子を家で作ったら、お孫さんに美味しいと褒められたという内容のもの。武野さんはスクリーンショットに取って今も大切にしています。

生徒さんの喜ぶ姿を知っている武野さんだからこそ、伝えたいメッセージがあります。「食べることは大事。心が豊かになるし美味しいものを食べると元気になれます。自分の好きなものを自分で作れたら自信が持てます。得意料理ができると誰かに振る舞いたくなり友だちも増えます。料理を習いたいと思うことが外に出るきっかけになります。勇気を出して一歩踏み出してみてください。いい方向に向かうでしょう。」

武野さんが夢見る、やさしい手料理キッチンの30年プラン。細々と、でも長く、みんなでほっこりするねと茶飲み友だちみたいに笑い合いたい。