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歩み寄りの精神で真のバリアフリーを目指す誘導マット「歩導くん」(屋内専用)

誘導ブロックさえあればひとりで歩けるのに。そんな思いをした視覚障害者の方は少なくないでしょう。

島根県で電気設備事業などを営むトーワ株式会社の杉原司郎さん(同社・現会長)もまさにそのおひとり。奥様と病院を訪れていた時のこと。トイレに行こうとした杉原さんでしたが奥様はドクターと会話の真っ最中。ひとりで行こうにも誘導ブロックがありません。冒頭の思いに駆られ、今後のために誘導ブロックの設置をお願いしたのですが…。

さまざまな車輪が行き交う病院内。上を通るたびにガタガタする誘導ブロックは受け入れてもらえませんでした。ならば車輪への振動が少なく視覚障害者にわかりやすい誘導路を作ろう。こうして考案・開発されたのが初代歩導くんです。

地道な改良が大きな評価へ

歩導くんとは、屋内専用の視覚障がい者歩行誘導ソフトマットです。凹凸がなくやわらかい特殊なマット素材でできており、白杖や足裏に伝わる感触と白杖で叩いた時の音で床材との違いを認識することができます。弱視の方は床との色の差でもわかります(名称は歴代のものも含めると複数のシリーズがありますが、ここでは歩導くんとして統一します)

お話を聞かせていただいたのは、現在歩導くんの製造販売を手掛ける錦城護謨株式会社の小山健一さんと吉田拳さん。当初は杉原さんの会社が海外に生産委託していたものを、品質や機能性向上のために錦城護謨と協力して製品改良を行い、その結果、歩導くんの製造・販売を錦城護謨が担うことになったのです。

例えば、表面にざらつきを付けて、視覚障害者がより認識しやすく、汚れを目立ちにくく、濡れても滑りにくく改良したり、床色に応じて色を選べるようカラーラインナップを充実させたり、ジョイント部分を工夫し車椅子の旋回にもめくれにくくしたり。その取組みは世界的にも評価され、いくつもの著名な賞に輝いています。

80点の先にある100点の未来

歩導くんがあることで助かる視覚障害者はたくさんいます。ですが、設置してもらうのは容易ではありません。要因のひとつが100点を求める人たちの対立。考案者の杉原さんの事例でもご紹介した通り、視覚障害者以外の施設利用者にとっては誘導路は不要なもの。誘導ブロックよりはるかにフラットな歩導くんですが、それすら無いほうが歩きやすいと主張する方がいます。また視覚障害者の側からは、何もないよりはるかに歩きやすい歩導くんですが、より感覚的にわかりやすい誘導ブロックの方が良いと主張する方がいます。

加えて、敷設後のクレームを恐れる施設関係者の方、バリアフリー法において誘導ブロックでなければならないと思い込んでいる役所の方。それぞれの意見がぶつかり合い進まないことも。

錦城護謨の小山さんは、本来みんなが歩み寄り暮らしやすい社会を目指すべきなのに、0か100かの議論は残念、と肩を落とします。誘導ブロックに固執するあまり、結局なにも付けられないのは、視覚障害者にとってもマイナスでしかありません。小山さんは、80点かもしれないがあらゆる人が共存していくために必要な製品だと自信を持っています。たしかに自分だけの最適を求める人たちには100点ではないでしょう。ただ、どの建物にも歩導くんが張りめぐらされた未来こそ100点の社会と言える気がします。

視覚障害者の声が自分の歩きやすさを作る

製品的課題や意見の対立にも丁寧に対処しながら実績を積み上げてきた歩導くん。現在では1,000箇所以上の施設に設置されています。ある銀行では全店舗のATMコーナーに敷設されているほどです。(2020年1月現在)

歩導くんが選ばれるもうひとつの理由が施工の簡単さ。既存の床の上に両面テープで固定するため専用工具や大掛かりな工事は不要です。施設関係者の方が自分たちで設置すれば施工費も抑えられます。

それでも国内全体でみれば導入場所はまだほんの少数。小山さんや吉田さんがいくら良い製品だと訴えても、施設側の採用決定者は視覚障害者が本当に必要と感じているのか、設置すれば安全に移動できるのかがわかりません。福祉機器展などで歩導くんを知った当事者の人たちは、あそこに設置して欲しい、この施設にも付けて欲しいと要望されます。それを実現するためにも視覚障害者が自ら声をあげることが重要です。

施設に交渉するのが難しければ、周りの視覚障害者に口コミで広めるだけでも効果はあります。認知度が上がれば施設側の選択肢に加わる可能性も増えます。また設置箇所が増えれば多くの方の目に触れるようにもなります。こうした動きが誘導マットの普及に拍車をかけ、視覚障害者の歩きやすさに繋がっていきます。

福祉事業から生まれた社会貢献の波

錦城護謨で誘導マットを担当しているバリアフリー推進課。組織別にみれば現状利益は出ていません。土木事業などの他部門に支えられ歩導くんは継続できています。それでも社長は、社会貢献に対する使命感が強く、バリアフリー推進課についても長い目で見守っています。だからこそ、そんな状況下でも売上至上主義に走らず、

・売上の一部を障害者団体に寄付
・数名の社員が同行援護の資格を取得
・ミライロのユニバーサル検定を受験
・就労支援事業所の障害者雇用創出を検討(現在両面テープは現場で床面に貼る仕様だが、出荷前にマット側に付ける仕様にすれば事業所等に作業依頼が可能)

と、障害のある人たちとともに歩もうとする風土が社内に根付いてきています。それは今後の展望を語ってくれた小山さんの言葉にも表れていました。「単独歩行をする視覚障害者の方にとって、屋内の歩けるエリアがもっと増える未来であるように」

福祉事業の継続は企業努力だけでは困難なこともあります。障害当事者の皆さんが一緒になって育ててくれるのを願っています。