取材記事

マイノリティとともに人生を豊かにするアパレルブランドsakae

ユニバーサルデザイン。最近よく耳にする言葉ではありますが、広がりのスピードは期待とかけ離れている印象です。そんな中、大阪で懸命にユニバーサルデザインの下着開発に取り組む女性がいます。

田村優季さん、ユニバーサルデザインブランドsakaeの創業者です。田村さんは服飾系の専門学校をご卒業後、アパレル企業で縫製技術を磨き、その後独立してフリーランスとなりました。独立して数年はオーダー品のドレスを作ったり、ハイブランドの縫製をしてきました。しかしある日の出来事が、彼女をユニバーサルデザインの下着作りに駆り立てたのです。

大切なおばあちゃんが気付かせてくれたこと

田村さんには大好きなおばあちゃんがいます。そのおばあちゃんは盲ろう者。目が見えず、耳もかなり聞こえづらい状態です。それでもおばあちゃんは料理や身の回りのことをほとんど自分でやっていました。人に迷惑をかけるのが嫌いで、誰かに頼るのがとても下手な人だったのです。

そんなおばあちゃんもここ数年は年齢とともにできないことが増えてきました。おそらく自尊心も傷ついていたでしょう。夏の暑い日のこと。人生を悲観したおばあちゃんが、田村さんの前で「生きる気力もない。みんなに迷惑をかけてばかりのわたしはスクラップだ」と泣いたのです。

田村さんは悲しさのあまり本気で怒りました。そしてその日以来、お母さんとふたりで何度もおばあちゃんのことを話したのです。母と娘の意見は同じでした。「わたしたちは目の見えないおばあちゃんで良かった。当たり前が当たり前でないと感じられる。小さなことに感謝の気持ちを感じられる。ここまで命をつないでくれて本当にありがたい」

これをきっかけに、田村さんはおばあちゃんが喜ぶ服を作ろう、と決意します。おばあちゃんが亡くなるときに、生きていて良かったと思って欲しい。人に言われるのではなく自分自身が生きてる価値があったと思って欲しい。それが田村さんの願いです。

そしてユニバーサルデザインブラインドの名前をsakaeとしました。おばあちゃんの名前です。

マイノリティを巻き込んでつくるアパレルブランド

もともとアウター業界出身の田村さん。同じ着るものでも、アウターとインナーではまったくの別物。業界もはっきり分かれていて、インナーに関する知識のない田村さんは大苦戦中です。

それでも下着をやろうと思ったのは、おばあちゃんの肌の感覚の鋭さを身近で感じていたから。盲ろう者であるおばあちゃんは、手で触った感覚をとても大事にします。だったら着るもので一番下に身につける下着だ。自分自身も肌が弱いから、触って気持ちの良い生地でなおかつ可愛いものにしよう、となったのです。

しかしユニバーサルデザインで「肌触り」だけではどうもふわっとしています。明確なコンセプトやディテールが決まらないまま過ぎていく時間。そんな田村さんにある出会いがありました。Sさんという筋ジストロフィーの女性です。Sさんと何度も話をして悩みを聞くうちに、この女性が着やすい下着を作ると決めました。もともとおばあちゃんを喜ばせるためにはじまった肌触りの良いユニバーサルデザインの下着。この思いはSさんとの出会いによってさらにはっきりとした形になったのです。

こうして生まれたsakaeのコンセプトが「マイノリティを巻き込んでつくるアパレルブランド」です。

感謝を届ける、感動を届ける、優しさを届ける

最初は「肌の弱い人」というざっくりしたターゲットだったのが、Sさんという明確なターゲットができたことで一気に加速した田村さんの下着開発。日々Facebookで思いを発信することにより、賛同する仲間も次第に増えてきました。その中には、筋ジストロフィーのSさんの他にも、視覚障害者の方、若年性パーキンソン症候群の方などいろんな方がいます。

仲間たちから意見を聞いたり、どんなことで困っているのか教えてもらって、ユニバーサルデザインの下着は形になりつつあります。彼女たちがファッションに関わることで障害者の就労につながるかもしれず、ファッション業界で働きたい障害者の希望にもなります。

ただ田村さんは内々でとどまることは考えていません。健常者の人にこそ着てもらいたいのです。障害のある人たちが関わったファッションは、きっと健常者にも新たな発見がある、障害のある人たちが着やすいものは圧倒的に健常者にも着やすい。これこそがsakaeの行動理念の原点と言えます。

sakae行動理念

  • 感謝を届ける
  • 感動を届ける
  • 優しさを届ける

アイデアウーマンが仕掛けるもうひとつのUD商品

下着開発と並んでもうひとつ力を入れているのが点字ネイル。これは読んで字のごとく、ネイルに点字の装飾をあしらったもので、とても鮮やかでお洒落です。

視覚障害者の中にも点字を読めない人は多いと思います。晴眼者の田村さんに点字が読めるのか聞いてみると「読めません!」と即答。でもほとんどの人が読めないからこそ、デザインとしてカッコいいのだとか。例えるなら、日本人がお洒落なフランス語のロゴをデザインに使っていたり、外国人が意味を知らずに変な漢字のTシャツを着ていたり。

言われてみれば、なるほどと思います。

それともうひとつの狙い。みんなに知られたくない秘密のメッセージをネイルに込められるのです。ちょっとナルシストな言葉や、エッチな表現など、口に出すのは恥ずかしいけど自分だけが体の一部で感じることができます。何よりもおすすめしたいのは好きな人の名前を入れること。このアイデアを田村さんからお聞きした時、点字ネイル凄い!と思いました。

そんな素敵な点字ネイルの体験イベントが12月に神戸で行われます。ご興味のある方はぜひお出かけください。

sakae点字ネイル体験イベント

●日時:2019年12月13日(金) 13:00~16:00
●場所:神戸アイセンター
●参加費:2,000円
※初回掲載時、参加費を記載しておりませんでした。申し訳ございません。