取材記事

「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」が問いかける「見る」ということ

「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」横浜美術館でのワークショップ風景

視覚障害者と晴眼者が一緒に美術鑑賞するワークショップ。その言葉から皆さんはどういったものを想像するでしょうか。晴眼者が視覚障害者に作品の内容を伝えてあげる。しかもできるだけ丁寧に、見えなくても実際の作品を頭の中で再現しやすいよう微に入り細を穿った説明で。そう考えるのが一般的かもしれません。筆者も当該ワークショップの代表を務める林建太さんにお話を聞くまではそう思ってました。

障害のあり方を考える日々

林さんが「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」を立ち上げたのは9年前のこと。それまでも障害者と関わる仕事に就いてきましたが、今の活動に至るまでの道のりは平坦ではありませんでした。

介護福祉士として在宅ヘルパーの仕事に従事していた20代。体の自由がきかない人々と長時間マンツーマンで過ごす日々。ニーズを明確に伝えられない障害当事者と要求をうまく汲み取れない介助者。本来フラットであるべき双方の力の勾配が密室状態で次第にバランスを崩していく。福祉の仕事が好きで選んだはずだったのに、介助者による暴力や、その逆の障害者によるハラスメントが身近に迫っている感覚。林さんは介助者と障害者という関わり方に限界を感じるようになりました。

30代、新たな関係性を期待して入ったのは視覚障害者がスタッフとして働く職場。今度は同僚という立場です。しかしそこでも林さんのもやもやは解消されませんでした。仕事の性質上「障害者」「健常者」の役割を必要以上に演じなければならない場面が多くあったからです。

悩める林さんに出口を指し示したのは、仕事終わりに通っていた映画美学校のドキュメンタリーワークショップでした。水俣病や障害についてのドキュメンタリー映画作家として知られる故・佐藤真氏の講座は、「見る」「見られる」という人と人の間に生まれる常に非対称的な関係について考える機会を与えてくれたのです。

開かれた場で、言葉による対話で、障害ってなんだろう、どんな関わり方があるんだろう。それを考えたい。解決したいのではない。答えのない問いをいろんな人と考える場をつくりたい。それが「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」への道でした。

見るとはどういうことかを考える

林さんを中心とする4人の仲間でスタートしたこのワークショップ。目的として掲げたのは次の2点です。

1.視覚障害者をはじめとした、美術を鑑賞するのにハードルがある人々のアクセシビリティを高める。インクルーシブを念頭に誰もが美術にアクセスしやすくすること。

2.見える人にとっても見えない人にとっても鑑賞するとはどういうことかを考える場にする。いろんな見え方の人がお互いの経験を持ち寄って考える、それ自体が目的。

特に2点目はこのワークショップの根源的なものでもあるため、林さんは募集段階とワークショップ当日の2回にわたって繰り返し丁寧に説明しています。具体的には3つの決まり事があるのですが、ここでは2つの重要なポイントをご紹介しましょう。

まず1つ目は冒頭でも触れた「見えてる人」が「見えてない人」に説明するのではないということ。必ず複数の人で1つの美術品を鑑賞します。1回の定員数はだいたい10人未満。参加者は視覚障害者だけに限っておらず、見えてる人が5~6人、見えてない人が2~3人という構成になることが多いようです。

「見えるから自動的に説明する役割、見えないから説明を享受する立場、そういうのではない関係を考えましょう。障害の有無による役割や関係性は1種類じゃない。」林さんが力を込めて伝えていることです。

見える見えないわからないが合わさった鑑賞法

では進め方を見ていきましょう。林さんたちスタッフは美術作品の解説はしません。あくまでも参加者の言葉でワークショップを作り上げていきます。とは言え、全盲の人がいきなり何の手掛かりもなく口火を切るのは難しいので、大抵は晴眼者の発する言葉をきっかけにはじまります。

ここで2つ目の重要ポイント。「皆さんの経験を言葉にする」のですが、平たく言えば、

1.見えること(色や形といった多くの人の中で共有されている、記号化されたもの)

2.見えないこと(印象や自分なりの解釈。すなわち言葉にしないと他の人にはわからない個人の主観)

3.わからないこと(言語化できない要素。たとえば絵を観て何も言葉にできないとき、沈黙も大事な情報)

これらを参加者みんなで発信していくのです。

ある絵画の鑑賞場面を想像してください。見えてる人たちがどう言葉にしていいかわからず苦笑しているとします。林さんたちスタッフは絵の解説はしませんがナビゲーターとしてその場の状況説明は行います。これに対して見えてない人が、なぜみんな苦笑しているの?と質問するところからワークショップがスタートすることもあるのです。

ただ目で見るだけでは一瞥して終わり、ということも少なくありません。しかしこのワークショップではたっぷり時間を使って会話をしていきます。したがって1回あたり2時間のプログラムで3作品ぐらいを鑑賞する。そんなスタイルです。

興味を持たれたらぜひご参加を

来たい人が来れるようにとの考えから、全国各地で、そして日常的に継続性を持たせようと月1~2回のペースで開催してきました。ところが。新型コロナウイルスによって4月頃から美術館は軒並み閉館に。蓄積してきた対面でのノウハウが生かせなくなり、戸惑いも小さくありませんでした。

それでも林さんたちメンバーは、オンラインで定例ミーティングを欠かしませんでした。そうした成果が実り、先ごろ東京都渋谷公園通りギャラリーにおいて、初のオンラインワークショップを開催するに至ったのです。結果は無事成功。海外からの応募もあり、今までと同じようにはできないこともある反面、オンラインならではの良さも発見できた貴重な体験となりました。今後さらに開催方法のフォーマットを増やしていくつもりです。

そして来たる10月24日、8ヵ月ぶりの対面ワークショップが大分で開催される運びとなりました。ご興味のある方は主催者Facebookページをご覧ください。ただ人気のワークショップだけに、もう空きがないかもしれません。その場合は次の機会をお待ちください。林さんの答えのない問いはまだまだ続きます。あなたにもきっと会話を通して見ることを考える日が訪れるでしょう。

(トップの写真・アイキャッチ画像は横浜美術館でのワークショップ風景)