取材記事

トイレの音声案内機器・ポッチシリーズを生み出したオーナー企業の奮闘

視覚障害者にとって不安材料のひとつである外出先でのトイレ。その不安を払拭してくれるのがレハ・ヴィジョン株式会社のポッチシリーズ。トイレ内のさまざまな情報を音声で案内してくれます。全体の配置、洋式か和式か、便器の向き、トイレットペーパーの場所、水の流し方など。

全国の多数の施設に広がりをみせるポッチシリーズですが、ここに至るまでは苦難の連続でした。それでも同社代表取締役・一二三吉勝さんは、これまでの苦労などどこ吹く風といわんばかりに常に前進し続けています。

目の前で困っている人を見てきた自分だからやり遂げる

今から20数年前。バブルが弾けたあとの石川県において、県内の産業を活性化させる試みとしてバリアフリー機器等開発研究調査会なるものが発足しました。ここに、当時ある会社の役員だった一二三さんが参画したのです。活動の中で福祉関係の人や障害当事者と出会うことになった一二三さん。しだいに視覚障害者とも接する機会が多くなり、色を知りたいという要望に応えることに。

これが色を声で知らせる初代カラートーク誕生のきっかけです。そして視覚障害者のために支援機器を開発する、という一二三さんの新たな人生の始まりでもありました。

カラートークは高価ではあるものの色の識別精度の高さから評価は上々でした。その年の福祉機器コンテストでは最優秀賞に輝き、NHKをはじめ各メディアからの取材も殺到。視覚障害者の展示会でも、当事者から欲しいという声が続々とあがりました。

しかし…。発売を開始したものの現実にはまったく売れず。
会社は、お金にならない福祉機器事業をやめる、と決断。ですが、一二三さんには諦めるという選択肢はありませんでした。

会社が事業を継続しないのなら、自分で会社を起こすしかない。
展示会などで視覚障害者を目の前にして困りごとを聞いていたからこそ決意は強固でした。

法律は変わっても信念は変わらず視覚障害者のために

レハ・ヴィジョン株式会社を立ち上げた一二三さん。しかし創業後もカラートークの性能に関して利用者から指摘を受けるなど苦しい日々が続きます。それでも利用者の声に真摯に向き合い、改良に取り組んでいった結果、格段に性能アップしたカラートークプラスを発売するに至りました。
カラートークプラス

こうした姿勢に、当事者団体や福祉協会の後押しも加わり、ついに厚労省から日常生活用具として認められる方向へ。これは、購入者の負担を減らしカラートークプラスの販売数増加につながることを意味しています。認可を翌年に控え、ようやく光が見え始めたその矢先。厚労省から一二三さんに連絡がありました。告げられたのは、平成18年施行の障害者自立支援法で、日常生活用具の認可が厚労省から各地方自治体に移るという内容。

認可の話は消滅。またもや振り出しです。普通なら心が折れてしまいそうな状況ですが、それでも自分がやらなければという一二三さんの信念は揺らぎませんでした。

不屈の精神から生まれたポッチProで大躍進

技術力と開発力の高さは着実に視覚障害者の間でも知られていきましたが依然として経営は苦しいまま。行き詰っていた一二三さんに、当時の日本盲人会連合会長である笹川吉彦さんはトイレの問題を解決できないかと打診しました。

あるホテルで視覚障害者のトイレ利用について問題が発生していたのです。詳細は伏せますがショッキングな出来事でした。見えないために、自宅以外のトイレでトラブルに見舞われる視覚障害者は大変多いのです。

この話は一二三さんの開発者魂に火をつけました。
調査と試行錯誤を繰り返し、一般トイレの場内と個室トイレの内部を音声で案内するポッチの完成にこぎつけたのです。視覚障害者のニーズにマッチしており、今度こそ売れる。そう確信した一二三さんでしたがこれもまったく売れませんでした。

機能も性能も問題なし。需要もある。なぜ売れないのか。
もう一度笹川さんに意見を求めました。ここまで赤字続きで借金も膨らんでいましたが、一二三さんは不屈の精神で、笹川さんのアドバイスどおり多目的トイレ用の音声案内システム・ポッチProを作り上げました。

結果は。大成功です。
障害者優先のトイレであり利用者を限定しやすいことと、国へ訴えかけやすいことから、大きく広がっていきました。3~4年前からイオンモールの新設店舗には設計段階で図面に指定されるようになり、北陸新幹線でも各駅の多目的トイレすべてに設置されています。

当事者が自分のため、社会のため、営業マンになろう

大手企業とは違い、全国に営業担当者がいるわけではないレハ・ヴィジョン。一二三さん自ら視覚障害者イベントや展示会に出かけては、無償で会場のトイレにポッチシリーズを仮設しています。

体感した視覚障害者は皆一様に喜んでくれます。そして一二三さんの元へお礼を伝えに来てくれます。その時、一二三さんはひとつだけお願いをされるそうです。
「皆さんが利用される施設の管理者の方に、ぜひポッチシリーズの設置を依頼してください」と。

当事者の意見は大切です。誰かが声をあげることで別の誰かがまた利用しやすくなります。さらに4カ国語対応しているポッチUD-Wは、日本に不慣れな外国人も安心。ひいては綺麗に使用してもらうことができて施設側にとってもメリットとなります。視覚障害者ひとりひとりが営業マンになることが、自分たちのため社会のためになるのだと気付かされました。

これからも視覚障害者の喜びの声を励みに続けていく

このようにレハ・ヴィジョンは業績の苦しい時期を耐えて、障害者の支援機器事業を継続してきました。この功績が称えられ、一二三さんは昨年日本盲人会連合の70周年においてパイオニア賞を受賞されています。そして今も苦しかったころと変わらず「良い商品を作ってくれて嬉しい」という視覚障害者の声を喜びに、新たな製品開発に力を注いでいます。