全盲の詩人・羽田光夏(ハネダヒカ)が見つめる先にある世界

どこまでも続く気がしてた蒼い道は
頭の中で夏の光に飛ばされてしまった

日本のスリーピースバンド・グレイプバインの代表曲「ナツノヒカリ」に出てくる歌詞だ。生まれた時から目の見えない全盲詩人・羽田光夏のペンネームの由来にもなっている。

世界から取り残されたわたし

ひょんなことから羽田の処女出版「世界と繋がり合えるなら」を読む機会にめぐまれた。収められた38編の詩はどれもみずみずしい青春の匂いを放ちながら、若さゆえの脆さやはかなさを滲ませている。あとで知ったことだが、この詩集の中の作品は、羽田が17歳から数年間にわたって書きためたものだった。

いろんなミュージシャンに影響を受け、自らもバンドを組みたいと、詩を書きはじめた。だから多くの詩は、メロディーに乗ったときの言葉のリズムや響きを意識している。

現在の羽田は、快活とまではいかないまでも、落ち着いた中に明るさを併せ持つ大人の女性という印象だ。ただどことなく生きるのが下手なのかもしれない、と思わせる節がある。どこまで踏み込んでいいのか、と逡巡しながらも尋ねてみると、この作品を書いていた学生時代、精神的にきつい日々を送っていたのだという。

羽田は幼稚部から高等学校普通科までを地元の盲学校で過ごした。その後、専攻科音楽科へと進むものの、選択した専門課程は実はあまり好きなものではなく、授業にもついていけなかった。詩集の作品の多くはこの頃の苦しい環境の中で生まれている。好きなミュージシャンの音楽に救われ、生きていけるんだったら生きていきたい、との思いを抱いていた。

届け、世界と繋がりたい人へ

今も学校に行けない、行くのがつらい子どもたちはたくさんいるだろう。自分の詩が、たとえ一時的であってもそんな子どもたちの痛みを和らげてあげられる存在であれば嬉しい、と羽田は言う。

そして子どもや若者だけでなく、世界から取り残されていると感じながら生きている大人たちにも届いて欲しい。世の中に溢れているわかりやすい応援ソングのような詩ではない。だからどう受けっとてくれるかは読み手に委ねている。むしろ、共感できたということは、少し心が疲れている証拠かもしれない。だったら、それを認めて、素直に羽田の詩に癒されても良いのではないだろうか。

住みやすい世界にするために

羽田は大人になってからも決して毎日を楽しく暮らしてきたわけではなかった。見えないというコンプレックスが根底にあったのかもしれない。体調を崩していた時期もあった。就労継続支援A型事業所を転々としたこともあった。ようやく自分らしさを活かせると思った点字の触読校正の仕事も、職場の事情で辞めることになってしまった。

生きづらさを抱えつつ辿り着いた先。それが言葉を紡ぐ場所だった。ほかにやれることはない。控え目にそう語りながら、物書きでやっていきたいという強い意志が感じられる。初めての書籍化は詩集だったが、詩以外にもエッセイや小説なども書いている。

夏目漱石の草枕に、こんな文章がある。
「住みにくい所をどれほどか、くつろげて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命がくだる。」

まさに自分にとって住みにくい世の中だったから、同じような誰かを住みよくしたい。それを使命と感じて詩を書き、小説を書き、エッセイを書く。

投稿サイトのカクヨム、ならびにエブリスタで羽田光夏と検索してもらえれば、公開している作品を無料で読むことができる。ぜひご一読を。

あなたも世界と繋がれる

以前の職場では人間関係で悩んでいたこともあるという羽田。だが、そんな羽田の詩集が出版にいたった経緯もやはり人との縁だった。どんな状況においても人を救うのは人なのだろう。

「世界と繋がり合えるなら」は3月13日から、全国の書店やアマゾンでも購入できるようになった。書店では、おそらく棚に置いてあることはなく、取り寄せになると思われる。それでももし気になった方は、一度読んでみて欲しい。音声で聞きたい方は、購入した本に付いているテキストデータの引換券を出版社に送ると、テキストデータを送付してもらえる。

【出版社からのの推薦文】

人は誰しも孤独を抱え、だれかとつながりたいと願って生きていく。特に学校生活で多くの人と出会い、社会の中でどう生きていけばよいか模索する十代の中には、切実につながりを求める人もいるだろう。

積年の思いがこめられたこの詩集には、つながりを求める誰もが手に入れることができる、普遍的な光がつまっている。ともすれば内向きになりがちといわれる世界の中で、多くの十代、そして元十代に読まれてほしい一冊!

浜松の出版社・読書日和 ~「あったらいいな、こんな本」をカタチに!~